INICIAR SESIÓNその日が──息子、陸に会える日がついに来た。 私も両親も二輝から連絡が入った日から指折り数えて待ちわびていた。 おそらく両親もそうだと思うけれど、緊張の余り昨晩はほとんど眠れな かった。 手放した私を恨んではいないだろうか。 二輝は陸に私のことをどんな風に説明しているだろうか。 ちゃんと、自分が勝手に連れて行ったことを話してくれているだろうか。 義理の母親に意地悪されてきたとかってないよね? もしそうだったら、それで息子が不幸な子供時代を送ってきたとしたら、 私は何と詫びればいいのだろうなどと、さまざまなことが頭の中に洪水の ように湧いてきて、とても眠ることなどできなかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 二輝が陸を連れて…… そして何故か? 希樹もいた。 3人で我が家にやってきた。 二輝と陸、そして希樹。 私と両親の6人が、大きな窓から彩光がいっぱい入り明るい空間になって いる応接間で顔合わせをした。 二輝や陸に会えると知った日から、どんな装いで迎えればいいのかと、 いろいろ考えた結果、私はオフホワイトの生地にも裾にもレース生地が ふんだんに使われている少し可愛いイメージのトップスとサラサラふわふわ 生地の淡いブルー系のロングフレアースカートの装いにした。 反して希樹は、我が家の応接間セットの深いグレーにとても映える色目の ワインカラーのワンピースを纏っていた。 お互いにご無沙汰していましたとかなんとかかんとか、一通りの挨拶を 終え、私と陸とのふたりの時間が取れることになった。 陸は、今回の帰国ではじめて私の存在を知ったのだと二輝から簡単な説明を 受けた。 ひとまずふたりきりでということで、別室に移動する時に
「お父さん、あの人は私の昔のことを理由に離婚を 言い出したの。騙されてたって! 子供を授かった時のことを考えたら浮気するような女の子供なんて いらないって気持ち悪いって、だから結婚生活を続けていく意味もない ってそう言われたの」 「あいつはそんなことをお前に言ってたのか。 卑劣な男だな、今になって。 愛結あの男の言ったことなど鵜呑みにする必要はないよ。 お前には敢えて言ってなかったが、見合い話があった時にちゃんと 先方にお前の過去のことは話しておいたんだよ。 それを聞いても、構わないお前を嫁に欲しいと、彼もご両親も そう言ってきてたんだからね。 それなのに今頃なってお前と別れるためにその話を持ち出すとは 卑怯な奴だ。 気にせんでいい。 今回のことは流産したことも含めてお前に一切非はないよ。 最初は訳有りのお前でもいいと納得して結婚したんだろうけど、 まぁここにきていい女でもできたんだろうよ」「そんな、そんなこと……」「お前から離婚話が出ていると聞いたあと、実は彼の身辺を少し探って みたのだが、どうも女の影がチラホラしてるみたいだ。 皮肉なもんだな。 (親友と恋人)人を裏切って騙してたお前が、今度は裏切られたって ことだな。ただそれだのことさ」 「私にこれでもかってムチ打つ夫。 ばちが当たったって言うの? 何て酷い、酷すぎる。 私は真面目に夫に尽くしてたのに」 「今更だが、あの時の二輝くんも希樹さんも今のお前と同じように 手酷い裏切りに悲しい思いをしたんだろうな」 「……」 俯きながら聞いていた愛結は泣いていた。 「これも試練と思い頑張りなさい。私と母さんが付いてる」 「お父さん、ううっ……」 「お前の夫智之くんも、いつか自分のしたことを償わなきゃならない日が 来るさ。 私たちが手をくださなくてもな。 知らなかったとはいえ、お前にあんなくだらん男を紹介して悪かったな。 すまない、許しておくれ」「お父さんは悪くない。私が、わたし……わる……ぃ」 「この結婚は、あいつ《智之》も全て知った上でそれでもぜひにと、 まとまった話なのに……。 それを人の弱みに付け込んで、自分が外に女を作っておきながら お前の過去を理由に一方的に離婚を迫っているのだから悪いのはあい
今更二輝や希樹には言えない私の人生の一部があった。 息子の陸を手放したあとしばらくして、私は両親がツテを使って持ってきた 縁談で1度結婚していた。 私はパートナーというのは二輝のようにやさしくていつも深く懐に包んで くれるのが普通で当たり前のことだと思っていた。 私は世間を……現実を、あまりにも知らなさ過ぎた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 二輝と陸が私の前から居なくなっても、私はまたいつか二輝が、陸を連れて 私に会いに来てくれるんじゃないかって思ってた。 毎日毎晩その想いを胸に秘め、待っていたのだ。 けれど二輝は、来てはくれなかった。 そんな中、5年経った頃父親に諭されて見合いをした。 「もうどんなに待っても二輝くんはお前のところへは戻って来るまいよ。 5年も待ったんだ。気がすんだろ? 結婚すれば子供だってまた授かれるさ。 いいかげん新しい出会いを探したらどうだ?」 父のその言葉で、私は筒見智之と見合いをして結婚した。 筒見は見た目、普通の風貌で平凡な男性《ひと》に見えた。 恋愛結婚ではないのだから大きな期待もなかった分、トキメキや愛情を 感じることは難しかった。 けれどそれなりにやさしくしてもらって、1年半ぐらいはまずまずの 幸せな結婚生活だったと思う。 けれどある日を堺に、突然夫は私とは必要最限少しか話さなくなった。 そして2か月ほど過ぎた頃、冷たく離婚を言い渡された。 訳の分からない私はもちろん理由を聞いた。 「俺、知ってるんだよ。 俺との結婚前に、君が1人子供を産んでたってことを。 それだけじゃない、当時の婚約してた男からDNA鑑定まで要求 されてたんだろ?
二輝から16年振りに便りがあった。 16年振りだなんて……。 息子にひとめだけでも会いたいと願って16年。 息子も17才になり、この度帰国することが決まったので、息子に会わせるという内容のものだった。 酷い男。 16年間一度も私に息子を会わせてくれなかった。 定期的に会わせてくれるというから親権をあきらめて手放したのに。 こんなことになるのがわかっていたら、絶親権を簡単に手放したりしなかった。 いくら私側に不貞があったからといって、こんなことが許されていいはずない。 私は息子に会える驚きと喜び、そして二輝への憤りに、心臓はドっキンドっキンとものすごい音を出し続けた。 この状態は、私のこれまでの悲しみを爆発させているのだと思いながら苦しい思いで聞き続けた。 二輝は息子と奥さんを私の実家に連れて来ると綴ってあった。 二輝夫婦と息子、私のほうは私と両親。 二輝が再婚していたことは知らなかったので、やっぱりという気持ちと悔しい気持ちが綯《な》い交ぜになった。 自分だって……そう、私だってあのあと別の男性《ひと》と結婚したのだから、驚くようなことじゃないのかもしれない。 だけど、不思議と今まで二輝が陸を連れているせいもあって、彼が結婚しているかもしれないという可能性については、ほとんど考えたことはなかった。 私ったらどこまで馬鹿で愚かな女なんだ。 普通は反対かもしれないのに。 子供を連れた男がいつまでも1人のはずないでしょうよ……と自分を嘲笑してやりたい気分だ。 二輝とつきあっていた頃──大切にされていた頃までの私は、自分のことを馬鹿だとか思慮
日本へ帰ることが決まった日、僕は両親から出生の秘密を聞かされた。 実の母親に好きな相手ができて、父さんは僕を連れて離婚したって。 そして「いろいろ悩んだ末のことだったけれど、僕を実の母親に会わせずにきてすまなかったな」って父さんに謝られた。「これからも陸のお母さんでいさせてね」って母さんは言ってくれた。 そして……「陸の母さんは1人だけって決めつけなくていいのよ、2人の母親がいるって考えてほしいの。 だから実のおかあさんにもこれからは会いたい時にいつでも会っていいのよ」って言った。 これが、ふたりが僕に話してくれた全てだった。 父方のおばさんたちは「あんな破廉恥で人で無しの酷い女ウンヌン……」って実母のことを怒っていたから、きっと今日までその実母と会いたいと思うことなくこれたのかもしれない。 もし今知ったとしたら、かなり激しくショックを受けたのではないだろうか! 聞いた時、自分はあまりに子供で、その意味するところを充分わかっていなかった。 年と共にそれがどんなことなのか、どんなに周りの人たちに影響を与えることになるのかを、少しずつ理解し知っていったのだ。 今まで話さないでいてくれた両親には感謝しかない。 だって僕は何も知らないフリで幸せな子供時代を送れたのだから。 んでもって変な言い草だけど、おばさんたちがあの仏壇の間でいろいろしゃべってくれたことにも、今となっては感謝だな。 どちらか一方でも違っていたら、僕は少し心乱されて、この今という時をつらい思いで過ごさなければならなかったろうと思うから。 子供の頃の聞きかじりで明確ではないが── 父の親友を、しかもその親友にも婚約者がいたらしいと聞くので、人の男を寝盗
「子供の頃、日本に里帰りした時のことなんだけどね。 父さんと母さんが出かけていない日に昼寝から起きた僕は 、父さんのほうのおじいちゃんおばあちゃん、伯母たちが自分のことを話していたのを盗み聞きする形になって──自分が母さんの実子ではないことと、どうやら実母が父さんの親友とおかしな関係になったことが原因で、父さんと離婚することになったと知ったんだ。* 他にも大人たちはいろいろと話し込んでたんだけど、子供だった自分にはそれ以上の内容を心に受け入れるキャパがなくて、また自分の布団にもぐり込み泣きながら寝入ってしまった。 次に目を覚ました時は母さんが起こしに来てくれたところだった。 なんかね、その時母さんの顔見てほっとしたのを覚えてる。 いつだってやさしかった母さんが、本当の母親じゃないなんて絶対嘘だ。 うそだ、うそだって、ずっと胸の中で叫んでたんだよね。 ショックはショックだったけど、母さんの愛情を受けてきたこれまでを振り返ってみると、幸せな思い出ばかりだった。 実の子じゃないって聞いても、紛れもなく今までも今も幸せな自分がそこにいて──だから、ひとつも悲しむ必要なんかないって思った。 今日までそうだったように、明日も明後日も幸せな自分が容易に想像できて、あぁやっぱり僕って幸せで、今のままでいいじゃんって腑に落ちたんだよ。 これが……。 子供のクセにさ。 悟り? っていうのかなぁ、悟ってたわ。 きっと父さんと母さんが僕のこと大事に大事に丁寧に育ててくれたからだと思う。 そして僕の両親なら必要になったら必ずその時、僕に産みの母親のこともどうして僕がその人と別れて暮らすことになったのかも教えてくれるってそう思えたんだよね。 信頼? 僕、小さな時から父さんのことも母さんのことも